ノースショアー一軒家 - 87件

最新物件
2,980,000ドル
58-027 Makanale Street
5 ベッド | 3.5 浴室 | 約318㎡
最新物件
1,300,000ドル
59-510 Alapio Road
6 ベッド | 5 浴室 | 約326㎡
56-335 Leleuli Street
5 ベッド | 1.5 浴室 | 約136㎡
66-059 Haleiwa Loop
4 ベッド | 3.5 浴室 | 約165㎡
海の眺望
55-044 Kamehameha Highway
4 ベッド | 3 浴室 | 約260㎡
海の眺望
68-052 Akule Street
3 ベッド | 2 浴室 | 約85㎡
55-170 Kamehameha Highway
5 ベッド | 4 浴室 | 約167㎡
61-151 Ikuwai Place
4 ベッド | 2 浴室 | 約190㎡
2014年改装
61-181 Iliohu Place
3 ベッド | 2.5 浴室 | 約255㎡
海に面した
58-126 Iwia Place
3 ベッド | 2 浴室 | 約128㎡
海の眺望
日曜日 オープンハウス 1-4pm
61-160 Iliohu Place
3 ベッド | 3 浴室 | 約183㎡
1 日前に 14.6% 価格下落
58-022 Kapuai Place
3 ベッド | 3 浴室 | 約141㎡
海の眺望
エスクロー
879,000ドル
67-250 Kahaone Loop
4 ベッド | 4 浴室 | 約107㎡
2008年改装
55-137 KAMEHAMEHA Highway
4 ベッド | 3.5 浴室 | 約268㎡
海に面した
55-273 Kamehameha Highway
5 ベッド | 5.5 浴室 | 約297㎡
海に面した
ノースショアー一軒家の全87件中15件
ノースショアー一軒家 概要
毎年冬になるとオアフノースショアへ通じる道路は長い車の行列となります。有名なノースの波を見に行く為です。よくノースで20〜30フットの波がブレイクしていると興奮して話しているのを耳にするかと思いますが、実際はもっと相当大きいのです。実際の高さは測定された数字として出ている波の高さより2〜3倍の高さがあります。例えば“7フットの波”と有れば、実際は15〜20フィートあります。混乱しがちな測定法ですが、ノースショアカルチャーとこのハワイの波の測定の仕方は、実はピッタリあっていると言えます。

オアフ、ノースショアエリアの不動産事情もまた、実際より控えめに紹介されるのが常です。小さく、昔のままで有りたいというのがノースショアに共通するテーマなのです。膨れ上がる波を見にやってくる群衆が増加しているにも関わらず、それをラッキーなビジネスチャンスとして利用しようとする反応は見られないでしょう。ハレイワの街を中心にやや開発は行われていますが、それでも全て控えめな規模であり、低層階建築が基本です。ローカルの間で広まっている“Keep the Country Country” (国を田舎のままで!)は単にスローガンと言うよりも地区の政策、方針と言えるでしょう。

高層コンドミニアム等はこちらでは一切見る事がありません。それどころか、周辺をドライブしていると普通の家ですら見当たらない事もあります。ノースショアでは主要道路に面してではなく奥に入った形で家が建てられており、道路からの距離があるだけではなく壁や自然な囲い等で交通や視界を遮断するような配置になっています。これは居住者達に共通する自立しているという性質と、またプライバシー、静寂を好むという意思表示と言えるでしょう。

ノースショアというと東はモクレイアから西はライエの端までを含みます。このエリアは、完全に“田舎”、と胸を張って言う事ができます。丘側の地区、そして海側に存在する地区の両方を含むこの一帯をドライブしていくと、大抵周りは完全に田舎といった景色に囲まれ、道路は2車線になります。遥か彼方を見渡さないとビルや家などが目に入ってきません。オアフの南岸とは全く違う世界になるのです。

旅行者等外部からやってきた人達はノースショアというと大抵ハレイワを思い浮かべます。無理もないでしょう、ハレイワにはレストランや様々なお店があり、アーティスト達が作品を販売していますし、またもちろん波乗りも出来ます。とてもリラックスした雰囲気で、昔の農場をモデルにして建てられたか、または実際その当時から残っているらしい建物がその魅力を更に引き延ばしています。

ノースショア近隣事情
ノースショアの不動産に興味のある皆様、このエリア独特に残る特徴と、また夫々その中でも少しずつ異なる点がある様々な場所が有るという事を念頭に置きご検討下さい。
モクレイア
オアフ島の北海岸を西側へ突き進んで行くと辿り着くのがモクレイアです。これ以上先には進めないので、ここが行き止まりとなります。買い手達は趣のあるビーチコテージ、そして広大な土地に惹かれる事でしょう。Crozier Drive クロージアドライブに住んでいるのだと言ってご覧なさい、彼らはハワイでも有数である素晴らしいオーシャンフロントの家々を想像して、目が輝き出すに違い有りません。海をこよなく愛する皆様にこのエリアは非常にお勧めです。

カワイロア
ハレイワタウンの北、ワイメアベイのすぐ南に位置するのがカワイロアで、ノースショアのカハラと呼ばれています。このエリア全ての家からビーチまで徒歩圏内です。中には海岸に面して1エーカーの美しい土地を保有する家もあり、白い砂浜は島中の羨望の的なのです。ノースショアで最高に贅沢な場所をお探しの方は是非こちらのパパイロアロードをご検討下さい。

ププケア
ワイメアベイの西側に連なる家々はハレイワの傘下となります。カメハメハハイウェイから2,3分内側に向かって入り、いくつか角を曲がると1~2エーカー程度の集落があります。このエリアはやや田舎、郊外と言えるでしょうか、立派な土地で様々な動物達が飼われていることで知られています。広大な土地を多いに活用し馬、鶏、犬や他にも様々な動物達がこの地域に活力を与えているのです。

サンセット
更に西に行くと有名なサンセット地区になります。こちらも郵便住所としてはハレイワに入ります。周辺の海岸の波はとてつもなく高いことで名高く、最高級オーシャンフロントのご自宅からの景色は荘厳と言える程素晴らしいでしょう。交通渋滞をも引き起こす景色を、永久的にフロントシートから鑑賞出来るという事なのです。

タートルベイ
タートルベイはオアフ島の最北端にほぼあたる場所にある、最高級リゾートです。上流社会のビーチライフを味わって頂けます。永遠に続くバケーション、誰もが胸に描く夢の生活と言えるでしょう。タートルベイの高級ビーチフロントコンドミニアムにあるオーシャンヴィラを所有するという事は、その夢が現実の物となるという事です。ノースショアの伝統に逆らわず低層階で成っており、部屋の構造は最大4ベッドルームまでございます。泳ぐもよし、サーフィンもよし、また砂浜を散策するもよし。ゴルフ場もあり、更にレストランやショッピングもリゾートから外に出る事なく、お楽しみ頂けます。オアフ島不動産市場の中でも特殊な物件と言えるでしょう。

ライエ
ノースショア南東のポイントに位置するライエは、ブリガムヤング大学とポリネシアン文化センターがあることで広く知られています。小さなトロピカルな街ですが、ハワイの古き良き時代を醸し出すいくつかの美しいビーチが点在しています。とても静かでそのように損なわれていない環境の中で、まるで延々と続く砂浜を発見しているかのような気分になるでしょう。もしも太平洋を日常の背景にしたいとお考えならば、ラニオラペニンシュラにあるナウパカセントホームズがお勧めです。この半島(ペニンシュラ)は海に真っ直ぐ突き出し、両岸の家からは海と海岸線の信じられないほど素晴らしい景色を眺めることができます。ライエのほとんどの家は質素で、維持費も低く、ここでのライフスタイルには何も心配ありません。いくつかの例外として、10,000スクエアフット(約930㎡)から3エーカー(約1.2ヘクタール)までの広い土地に立つ壮大なオーシャンフロントの物件があります。

ノースショアに物件を購入するのはある意味冒険かもしれません。ほんの数マイル離れたエリアとも全く異なり、ユニークな生活スタイルを取り入れることになるでしょう。古い、規模の小さな時代のハワイ、人間と自然が同等に共存していた時代へ逆行するような感じです。ショッピングモールや高層ビル、何レーンにも広がるハイウェイなどは存在しません。少なくともここのコミュニティが在り続ける限り、この環境は保たれて行くでしょう。

ノースショアの土地や生活スタイルは頑に守られています。オアフ島の他のエリアがどの様に開発されてきたかを見てみると、その理由はお分かり頂けるでしょう。他の町やエリアと同じ道を辿らないよう、強い決意がなされています。

このエリアにご自宅を構えると毎日がとても静かで満たされた物になるでしょう。時には鶏の鳴き声が響き低く波が唸る声が聞こえ、隣人達が嬉しそうに“ハウズイット?”と挨拶を交わしてくれます。この言葉が一体どういう意味かわからないとしたら、それはノースショアを訪れるべき時だと言う事です。

ノースショアー歴史
オアフ島のノースショア、ほとんどの人がその言葉で思い浮かべるのは、たった一つ―サーフィンです。でもそれは、つい最近、1980年代に始まったことに過ぎないのです。それ以前までは、ここの海岸の怪物じみた波を乗りこなすことなど、不可能だと思われていたのです。それほどまでにも大きく、すさまじいまでに強大な波だと思われていたのです。

現代のサーフィンのテクニックと新しいボードが出回るようになるまでは、全てを飲み込もうとするかのようにそびえ立つ大波に乗れた人はいませんでした。その後どうなったかは、歴史が知っております。と言っても、ノースショアの歴史は、長い目で見れば、それだけではありません。

オアフ島のこの地区はネイティヴ・ハワイアンたちが、最後に住み着いた場所の一つであり、12世紀になってようやくコミュニティができました。彼ら初期に住み着いた人たちは、この土地が非常に豊穣なばかりでなく、自然の泉がたくさんあることにも気づきました、当初、この地区では農業が盛んにおこなわれておりました。

1100年代の後半まで続いた、アフプアと呼ばれる当時の土地分割システムにおいて、ノースショアは島における高位の聖職者(カフナ・ヌイ)のための土地とされておりました。ここにおけるカフナ・ヌイという称号は、カメハメハ一世に仕えたヘワヘワの時代まで、700年以上に渡って続きました。カメハメハ一世の死後、カアフマヌ女王の時代にカプのシステムがなくなり、ノースショアはヘワヘワの土地ではなくなりました。それは、当時ハワイの文化を根底から変えた大きな変革の兆しの一つだったのです。

ノースショアにおける農業の比重は高いままでしたが、その照準は1800年代後半に始まった砂糖やパイナップルのプランテーションへと変化していました。ハワイの最初のリゾートであるハレイワホテルを建設したのは、農場の大半を所有していたベンジャミン・ディリンガムですが、彼は自分の農場からサトウキビや備品・消耗品を運搬した鉄道の終着駅があったこの地にホテルを建てたのです。ある意味でハワイの観光業が誕生した場所は、オアフ島のノースショアであると言えます。

1900年代終盤にプランテーションの数々が閉鎖すると、多くの人が突然仕事を失ってここを去ることとなり、ノースショアは閑散としました。幸運なことに、ノースショアの大波が、自分の目で是非とも荒々しい波を見たいと思う多くの人たちを引き寄せてくれたため、寂れてしまっていた期間はそう長くはありませんでした。

現在の経済の中心は観光業ですが、それは人々に仕事を与えてくれるだけではありません。人ごみをも呼び込み、それによって環境が脅かされてもいます。大半の住人の車には「田舎は田舎のままにしよう」というバンパーステッカーが貼ってあるにも関わらず、環境への影響は深刻です。これらは単なる歴史ではなく、コミュニティが歴史と一緒にこの場所と環境を維持しようとする、終わることない奮闘でもあります。興味深い、新しい章が、現在も進行中で、どのような結末を迎えるかはまだ誰にもわからないのです。

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